弥生時代にも貝塚はあったのか

弥生時代にも貝塚はあったのか

弥生時代にも貝塚はあったのか

貝塚とは、古代の人々のゴミ捨て場のことです。名前は貝殻が大量に捨てられていたことにちなんでいます。(貝塚のことを「Shell Midden」と呼びます。)
古代の人類はもともと地上の大型生物を狩っていましたが、気候変動や乱獲でそれらが絶滅・減少すると、魚や貝といった海産物を積極的に採るようになりました。

 

貝塚に捨てられたもの

貝塚から出土するのは浅海性のはまぐり、あさり、かきなどの貝殻が多いですが、貝殻以外にも獣や魚の骨、土器、石器、骨角器などの道具類も出土しています。人骨も発掘されていることから、一概にゴミ捨て場であったとはいえず、「魂のおくり場」でもあったといわれています。

 

貝塚の重要性

貝塚は、文字記録が存在しない時代の実態を知る手がかりになります。貝殻のカルシウムによって人骨や動物の骨など様々な遺物の保存状態が良好に保たれているからです。人骨がどのような情報を与えてくれるのかは下記記事で紹介しているのでご参照ください。

 

 

弥生時代の貝塚

貝塚は縄文時代早期からのものがほとんどですが、弥生時代のものも少ないながら発見されています。東京都弥生には弥生町貝塚と呼ばれる縄文時代と弥生時代の複合遺跡が存在しました。なおこの遺跡は1884年に発見されましたが、現在は開発により消滅しています。

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